物には相場がある
物には相場がある。私は、品質の良いものはそれなりの値段がすると言う意
味で申し上げています。当たり前のことで、いまさらと思われるでしょうが、
もう一度、この言葉の意味を深刻に考えるべきだと思います。
「安物買いの銭、失しない。」という昔から、諺がありますように、一般に極
端に安いものは、何かある、おかしいと考えるべきでしょう。それなりのこと
をそれなりにすれば、それなりの価格になるのが当たり前なのです。
品質の良い物を安く得たいと思うのは、誰しも当然ですが、掘り出し物はな
いのです。
利益の確保のみを優先するというのが、近頃の社会の風潮ですが、何事に付
けても、すべて値段だけで判断して、安ければよいというものではありません。
粗悪品と分からずに価格が安いという理由だけで購入しても、個人で使用す
るための物なら、個人だけの損で済むのでしょうが、万一、販売する商品や製
品を製造するための部材であれば、そのことが原因で、トラブルが生じれば、
会社の信用を傷つけ、輸出品であれば、さらに海外で日本製品の信頼を損なう
ことにもなりかねません。
製造者責任法(PL 法)が施行され、製品の安全性や品質管理は、企業の存立
にかかわる重大な影響を及ぼすようになって参りました。
国際化は人に限らず製品の基になる部品や素材にまでおよんでいます。ただ、
今でも危機意識の薄い会社が見受けられます。それはどういうところで分かる
のかといいますと、品質管理課のない企業、あっても、購買部と連携していな
い会社などです。
購買部は経理部の一セクションであってはならないのです。購買部員には技
術者としての目利きが必要なのです。採算を考えながら、良いものか、そうで
ないものか、製品の部材として使えるかどうか、判断しなくてはなりません。
どの程度、部材購入時に品質チェックができているかで、出来上がる製品そ
のものの品質管理ができると言っても、過言でないと思います。消費者からの
苦情も品質管理課と連携すれば、問題解決が速いのです。
外観だけを見て、購入担当者が部材名と値段だけで決めているとしたら、恐
ろしい話です。
大手の企業では、「系列」という名前で総称されてきた下請企業グループを、
合理化という錦の御旗を掲げて、解体し、失くしてしまいましたが、それは、
逆に品質管理の面で、重大な欠陥をもたらしたのです。
今は、逆に、この部材はA 社のB 工場のものを使用せよと発注先から、指示
するようになり、違った意味で復活してきています。
〇 一例をあげますと、ある企業が、食品用プラントの新工場を建設するこ
とになり、建設費を削減するため、インターネットでの入札を通じ、主に海
外から資材(ステンレス製のタンクやパイプ、バルブ等)を購入し、プラン
トを完成させました。
確かに建設費は30%削減に成功しましたが、試運転時にパイプが破裂し
タンクが壊れるなど、考えられない事故が続発し、最後に新工場のプラント
は撤去し、信頼できる部材で、造り直し、費用は通常の倍になったと聞いて
います。タンク等の素材のステンレスの含有割合が、極端に少なかったのが
原因でした。
〇 購買部員に責任があるケース
機械の製造設計を請け負う企業が、機械を完成し、納入したところ、発注
先から、当初の計画通りの成果が得られないとのクレームがありましたので、
上記企業では、設計担当者グループが、設計からすべて見直し、機械を分解
し詳細に点検、検討したが原因が分からなかった。
結果は、外部から納入して取り付けた小さな部品が不良品であったことか
らの不具合で、見直し作業に多額の費用と労力をかけたことにより、この仕
事では、赤字になった。
顧問先の社長がよく嘆かれます。物の値打ちの分かる人、目利きのできる人
がいなくなった、工場では職人がいなくなったと。
また、最近、不良品や人命に係わるような欠陥商品のニュースがマスコミを
通じて報道されることが多くなりました。なぜなのでしょうか。
社長はよく言われますが、物造りの基本は、物を造ることの喜びを知ること
にあります。すべてに当てはまりますが、造る喜び、売る喜び、買えた喜び、
すなわち社会に、いくばくかでも貢献できる喜びを感じることが品質管理につ
ながります。
ところで、今、工場では、作業工程が細分化され、昔と違い、工員さんは受
け持った一部分しか知らされておらず、分からないことが多くなっています。
又、工場に設置された機械装置の操作がコンピューター化されたことにより、
工員さんが単なる機械操作のオペレーターになっている?ケースも多く、これ
では本来の物造りの喜びは、感じようがありません。技術の伝承もうまくいき
ません。
団塊の世代の定年退職の時期が、近づくにつれ、現場の技術力の低下が現実
のものになろうとしています。退職者が海外で、再就職することで、永年、先
輩から、引き継がれてきた職人の技術が海外に流出することなどに対する懸念
が、新聞などで報道され、私たちの目に付くようになりました。
国際化という日本人の心の変化が、良しにつけ、悪しきにつけ、技術立国の礎
を揺るがしています。